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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1640号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人林利男の上告趣意第一点について。

本件公判請求書を見ると、被告人に対する関係において食糧管理法並びに物価統制令違反の罪名が附されていることは所論のとおりであるが、公訴事実として記載されたところには、何ら物価統制令違反の事実を含んでいないのであるから、本件において審判の請求を受けた事件は食糧管理法違反の事実だけであることがわかる。旧刑訴二九一条一項は検察官が公訴を提起するには罪名をも示すべきことを規定しているけれども、右は取扱の便宜上、事件をこれによって簡単に表示すべきことを命じた趣旨にすぎないのであるから、旧刑訴の下においては裁判所は起訴された事実について審判すれば足り、検察官の附けた罪名に拘束されるものではない。さればこそ、本件において第一審判決も起訴にかかる食糧管理法違反の事実についてのみ審判したのであり(公判調書や判決書の冒頭に記載された事件名が審判の対象を示すものでないことは公判請求書における罪名の記載と同様である)原判決が、第一審判決と同じく、物価統制令違反の事実について審判しなかったことは当然であって、何ら所論のような違法はない。

同第二点について。

よって、記録を精査すると、昭和二四年一一月一日に指定された原審第一回公判期日は、その前に被告人及び弁護人から被告人疾病の故を以って、医師の診断書を添えた延期申請書が提出されたため、同公判期日は同年一二月一三日に変更され、その後第一、二、三回公判期日には被告人も弁護人も出頭せず、前同様の理由により或は延期され或は変更された。そして第四回公判期日は、昭和二五年八月二四日に指定されたのであるが、同期日にも亦被告人も弁護人も無届のまま出頭しなかったので、裁判長は旧刑訴四〇四条により審理し、弁論を終結した上、被告人の陳述を聴かないで同年九月九日判決を言い渡したことがわかる(記録には第四回公判調書の次に同年八月一一日附被告人に対する医師の診断書が編綴されているが、該診断書の欄外には同月二六日到着の旨記載され、右公判に立会った裁判所書記官補松田克見のものと認められる認印が押されているところから見ると、右診断書は第四回公判期日後に原審に提出されたものと認められる)。そこで、本件において原審に提出された被告人に対する医師の各診断書を比較して見ると、病名としてはいずれも肋膜肥厚症兼右膝関節炎又はこれと類似の記載がなされているが、安静加療を要する期間については昭和二四年一〇月二二日附のものには、向う半ケ年間とあり、同年一二月二日附昭和二五年一月二一日附同年五月六日附同年六月一九日附及び同年八月一一日附の各診断書にはいずれも向う五ケ月間とあり、同年九月六日附の診断書には向う四ケ月間と記載されているだけで、右期間が斯くの如く度々変更されたことについて何らの説明がなく、被告人が公判期日に出頭し、審理を受けるにたえざる病状にあるか否かについても何らの記載がない。斯様な次第であるから、原審は右診断書に全幅の信頼を置かなかったものと推認し得るばかりでなく、弁護人においても原審公判期日には一回も出頭せず、第四回公判期日には被告人の病状について事前に何ら疏明するところなく、その前後を通じて期日の延期又は変更申請も弁論再開の申請もなされなかったのであるから、原審が第四回公判期日に被告人が正当の事由なく出頭しなかったものと認めたことは、相当と言わなければならない。従って、論旨は採用することができない。

同第三点について。

しかし、原審は第四回公判期日に被告人が正当の理由なく出頭しなかったものと認定したのであり、右認定が違法でないことは前段に説示したとおりである。そして、正当の理由なくして公判期日に出廷しなかった被告人が、訴訟上ある種の不利益を受けることは当然であり、従って、旧刑訴四〇四条が控訴審において再度の召喚に故なく応じない被告人に対して其の陳述を聴かないで裁判をすることができると言うことを規定したとしても、それは被告人が自ら求めた結果であって、何ら人権を抑圧するものでないことは当裁判所の判例とするところである(昭和二四年(れ)第六〇四号、同二五年二月一日大法廷判決参照)。して見ると、本件において原審が旧刑訴四〇四条を適用したことは、何ら憲法三七条二項に反するものでないことも、右判例の趣旨に徴して明かである。従って論旨は理由がない。

よって刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条により全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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